
真魚(まお)の自己紹介
※真魚(名前)の由来はこちら
私の物語の始まりは、25歳の時でした。
貯金なし、スキルなし、仕事なし。さらにはDV男性との婚約破棄という、まさに「人生どん底」の状態にあった私ですが、ここで運命を変える一歩を踏み出します。
当時の私を突き動かしたのは、「もう後がない。どんなチャンスにでもすがりつく」という、“生きる本能”そのものでした。
そんな人生崖っぷちの私が掴み取ったのは、シンガポールの小さな広告代理店で働くという千載一遇のチャンスです。
まさに蜘蛛の糸を掴むような思いで、その採用を勝ち取り、私はシンガポールへと渡る決意を固めたのです。
1年後の26歳になった私はシンガポールに移住します。
「人生をこのまま終わらせたくない」という一心から、人の3倍の勢いで働き、採用してくれた会社の仕事に没頭しました。
やがて、仕事に自信を持てるようになり、シンガポールの熱気あふれる環境にも馴染むにつれ、無我夢中で駆け抜ける私の内側に、ある種の前向きな「欲」が芽生え始めます。
それは、「現地で暮らす日本人の役に立つ情報誌を作りたい」というワクワクした、純粋な夢です。
経営の知識も経験もゼロでしたが「想い」だけで仲間と共に現地法人を設立し、現地在住日本人向け生活情報誌「マンゴスティン倶楽部」を立ち上げることになります 。
当初、会社経営の経験もなく、ただ夢を叶えたかっただけの「経営ど素人」の状態での起業です。神様はそれを視ていたのでしょう。
会社を立ち上げたのはよいのですが、シンガポール経済の低迷、リーマンショック、SARSパンデミック、取引先の倒産…… 。
次々と襲いかかる試練を通して、さらに人の3倍頑張らないと生きていけない課題を乗り越える中で、私は経営者として鍛えられ、成長していきます 。
というか、成長するしかなかったのです( ^ω^)・・・。
数々の危機を乗り越え、気が付けば会社は年商2億円規模の企業へと成長していました 。
特別な経営学を学んだわけではありません 。
いまとなっては経営者になることを、望んでいたのかすら自分でもわかりませんが、いつの間にか、それなりのベテラン経営者となり、数々の新規事業や商品開発のアドバイスやサポートも出来るようになりました。。
ただただ、目の前の課題に必死に向き合って、こなして来ただけですが、へこたれながらも、なんとか目標を達成し、夢を叶え、精神的にも、経済的にも満たされるようになっていたのです。
後になって、コーチングのメソッドを学んだ際に、私は知らず知らずのうちに「セルフコーチングや脳の活用」ができていたことを知り、生まれ持った自分の強運体質を確信することになります。
25歳で人生どん底を経験したのも、シンガポール行きを引き寄せたのも、シンガポールで夢を叶えたのも、「いまの私」に到達するために必要な経験であり、私が作った人生脚本に沿ったものでした。1ミリも無駄な経験はなかったのです。
*詳しくは、私の電子書籍「あなたの起業が成功する法則」に、その詳細な理由と再現可能であり、そのメソッドも書かせていただいております、ぜひお読みください。

また、プライベートでは、中国でビジネスを展開していた東洋運命学研究家の夫との出会いが、いまの人生となる転機となりました (この夫との出会いも私の脳が引き寄せました)。
夫のアドバイスにより、風水・九星気学・陰陽五行の叡智を事業に取り入れ、事業を拡大させながらも「いつか日本へ進出したい」という野望に近い新たな目標を抱くようになっていました。
夫に相談しているうちに、2年後、私にとって、18年に一度の最大吉方位が日本に巡ってくるタイミングを知り、2年後に焦点を定めて東京に移住する決意をします。
既に、起業家魂が育っていた私は、ただ単純に移住するだけでは物足りないので、移住するなら同時に日本での新規事業を起こすことを模索し始めます。
その結果、自分自身が、シンガポールという海外に長年住み、海外から日本を見る視点を生かした訪日外国人向けプロモーションビジネスを立案。
とはいえ、いきなり日本での事業立ち上げには自信がなかったので、まずは会社があって、ゼロから事業を立ち上げた経験と実績のある、シンガポールでその事業をはじめますが、予想通りに売り上げも上がり、”この事業は上手く行く”と直観し、日本でこの事業を起業しようと決意しました。
そして、私にとっての最大吉方位のやってくる年月に無事、私の大局を日本へ移します。(大局とは、氣学の専門用語で自分の「氣の位置」を現します)
その後、2011年2月にインバウンドプロモーションを行う和テンション株式会社を東京に設立。
ところが、喜んでいるのもつかの間で、同年3月、設立わずか1か月後に、あの東日本大震災が勃発します。
表参道に事務所も借り、社員まで雇用していた中で、事業の自粛を余儀なくされましたが、私を支えたのは海外で培った「ピンチはチャンス」というマインドでした。
発想を転換し、被災地支援につながる企画を立ち上げたことがマスコミに注目され、インバウンドメディアの先駆者として、世界最大10カ国での展開を果たすことになります。
(日本好きの海外アーティストたとが日本への愛を語り、日本を支援するTravel Guide to Aid Japanを発刊)

この本は、日本のメディアや海外の新聞などにも取り上げられ、脚光を浴びることになります。
東京オリンピック開催も決まったことで、事業は順調に伸びていき、ビジネスネットワークは、世界10か国まで広げることができました。
その他にも、30年以上にわたり、広告・出版・メディア業界の第一線で「価値を引き出すプロデュサー」としての経験を生かして、自社事業の他にも、女性向けサプリメントブランドの商品企画や広報、光触媒フェイスマスクのブランディング、さらには秋田県の新しいお土産としてオリジナルキーマカレーの製造販売など、多岐にわたるプロジェクトに関ります。
2022年には、秋田県美郷町に土地を購入し、風水ゲストハウス「ミロクハウス」をオープンし、旅館業の免許も取得。
公的機関に認められた「信頼」と逆境を光に変えるマインド設定
日本に進出したい。。。その念願かなって、2011年に東京で設立した和テンション株式会社の事業「WAttention Tokyo」は、東京都中小企業振興公社の推奨事業としてスタートしました 。
2016年には東京都の中小企業革新的サービス部門で「優秀賞」を受賞し、同時に東京都初の「女性活躍推進都知事特別賞」を、わずか3名のうちの1人として受賞するという光栄に授かりました 。
総数200名以上のスタッフマネジメントや、自社に限らず、友人・知人の数々の新規事業を立ち上げてきた経験 と、それらを通じて、私自身の体験から生まれた「どんな過酷な状況でも光を見出し、形にする」ための独自の「脳科学×運命学」メソッドを確立しました。
「私が主役」の人生へ。最高に自由なライフスタイル
東京に進出後も、シンガポールとの二重生活で忙しくしてはいましたがしたが、日本の魅力を世界中に届けるという仕事柄、日本全国、世界各国を訪れるチャンスに恵まれました。
さらに、経済的にも満たされ、東京で一番好きな街である表参道に新築のマンションを購入して、不動産運用しながら、西麻布に住むという理想もすべて現実化しました。
そして、2020年、コロナ禍をきっかけに、私は「組織の拡大を追う生き方」から卒業し、「自分を主役にする生き方」へとシフトしていきます 。
現在は「東京・シンガポール・秋田」の三拠点をベースに自分のペースで仕事をしています 。
会社経営、起業・新規事業コンサルタント、運命鑑定士、ゲストハウスオーナー、そして投資家として、やりたいことをすべてて叶える生き方を自ら体現しています 。
もし、あなたが、私のように、自分の描いた理想の人生通りに行きたいと考えるのであれば、答えは簡単です。
脳の仕組みを理解して、運気を味方につけることです。
たったこれだけです。
これだけで、人生どん底の状態からでも、何歳からでも、人生は自分の手で自由に描き直すことができるのです。
脳の仕組みを理解するということは、「人生のナビゲーション」を手に入れる事と等しいです。
また、ここまで読んでいただき、私がいかに強運で自己実現力が高いかをお分かりいただけたと思います。
「運は近くにいる人にも移る」と言われています。
私の強運オーラと一緒に、脳の仕組みを利用して、次はあなたの理想の未来を、一緒に開花させていきませんか?
【主な実績・スキル】
WAon Pte Ltd(シンガポール現地法人) オーナー創業者
和テンション株式会社 /(東京)オーナー創業者
秋田県美郷町ゲストハウス「ミロクハウス」オーナー
女性活躍推進東京都知事特別賞 受賞(2016年)
広告・メディアプロデュース実績 30年以上
陰陽五行鑑定士(九星気学・四柱推命・易経)
脳科学コーチング
起業コンサルタント・コーチング
クラウドファンデイング目標200%超え達成実績
電子書籍出版のベストセラーの取り方ノウハウ
その他、新商品企画販売、海外進出支援など多数実績あり。
【あなたへのメッセージ】
25歳、絶望の底にいた私が、今こうして自由で豊かな人生を歩めているのは、決して特別な才能があったからではありません。
脳科学に基づいたメソッドと、運を味方にし、理想を描いて設定するー。
そんな、一生迷わないための『人生ナビゲーション』を手に入れたからです。
あなたも人生ナビゲーションを手に入れて、理想の未来という物語を最短で『最高傑作』へと仕上げていきましょう。
私にできたのですから、あなたに出来ないわけがありません!
私が30年かかったプロセスを、10分の1の時間で叶えるお手伝いを、一番近くでさせてください。
